ライフデザインと手帳交付

 進路の選択として、進学は「お金を払ってサービス(教育)を受ける」行為である一方、就職は「お金をもらってサービス(労働)を提供する」行為といえます。そのため、就職は社会的な要求も急激に高くなり、障害の有無に関わらず適応に苦労する人が多く見られます。厚生労働省の発表によれば、平成25年度の新卒就職率は、高校で98.2%(昨年比+0.6ポイント)、大学では94.4%(昨年比+0.5ポイント)と上昇傾向にあるものの、新卒者の3年以内離職率は、高校で昭和62年度から平成18年度まで40%台(ただし平成3年度のみ39.7%)で平成19年度以降は30%台後半、大学では平成7年から30%台を維持しています(だたし、平成21年度のみ28.8%)。このうち、1年目の離職者がもっとも多く、高卒者では離職者の約半数が1年以内にやめている状況があります。つまり、障害の有無に関わらず「働き続けることが大変な社会」である、ということが言えます。そういった社会の中で、いかに発達障害のある学生がこれからの人生をデザインしていくのか、について考えてみたいと思います。

 終身雇用が当たり前だった頃とは違い、「働き続けるのが大変な社会」において、とりあえず就職することは、必ずしも安定した生活につながるわけではありません。前述したように、大卒でも約3割の人が3年以内に離職している世の中で、特性や障害のある方にとってみれば、いかに働き続けられるかを考えることが必要になってきています。
 働き続けることを考えるとき、考慮することは仕事の種類や会社の選択だけではありません。何よりも大切なのは、「何のために働くのか」ということです。夢のため、生きるため、充実した生活を過ごすため、親のため、社会のため、いろいろな理由があるでしょう。その目的によって働き方はかわってくるでしょうし、どのような生活スタイルを確立するのかも変化します。つまり、働くことを考えることは、自分がどのような人生を送りたいのかを考えることでもあります。働くことは人生の一部ではありますが、全てではありません。どのように生きていきたいかを考え、その人なりの生き方にあった働き方を考えていくこと。それが社会人になるためのライフデザインの第一歩になります。

 どのように生きていきたいかを考えるときに、お金の話は避けて通れません。生きていくにはお金が必要ですから、そのためにも働かなければいけない、と考えている方も多いでしょう。たとえば、家賃や食費、光熱水費、携帯代、雑費、税金などで月に15万円が必要だとしましょう。このすべてを賃金として稼がなければいけないと考えると、それなりの会社への一般就職が必要になります。では、この一部を福祉サービスで補てんしもらえるとなればどうでしょう。「障害年金」という制度をご存知でしょうか。知的、身体、精神、発達、さまざまな障害の程度に応じて国から支払われる年金制度のことです。発達障害の場合、障害の程度によって1~3級があり、1~2級の場合は障害基礎年金、3級の場合は障害厚生年金を受給できます。これらの等級は、精神障害者保健福祉手帳とは別に判定されるもので、日本年金機構が担当しているため、手続きは地域の年金事務所を通して行うことになります。1級の年金額は年間986,100円(月額約82,175円)、2級の年金額は年間788,900円(月額約65,742円)となっています。さらに子供がいる場合は、第二子までは1人につき年間226,992円、第三子以降は年間75,600円が増額されます。ちなみに、ここで言う子供とは、18歳到達年度の末日を経過していない子か、20歳未満で障害等級1級か2級の障害者の事を指します。後者については、20歳以上になれば、親とは別に子供自身が年金受給の対象になるため、子供としての加算対象からは外れるわけです。3級の障害厚生年金は、条件により支給額が異なりますが、最低保障として579,700円(年額)が支給されます。ただし、子供の加算はありません。
 月に生活費として15万円が必要だとしたとき、2級の障害年金の受給を受けられるとなれば、賃金として必要なのは約84,000円(150,000-65,742=84,258)になります。この額であれば、フルタイムの正規雇用ではなくても生活が可能になり、職業や雇用形態選択の幅が広がり、自分らしい生き方を築きやすくなります。
 社会人としての自分らしい生き方を模索していくときに、ひとつの壁となるのが、手帳を取得するか、それともしないか、という問題です。手帳を取得するということは、受けられるサービスの幅が広がる一方で、自分が障害者であることを受け容れる、ということでもあります。そのため、障害の受容が不十分な方にとってはなかなか受け入れがたい選択肢であり、難色を示す方もいらっしゃいます。こういった抵抗感は、本人よりも保護者の方がより強く感じられる思いでもあり、「将来にわたって一人で生きていく手段を身に付けてほしい」という願いと、「障害者というレッテルを貼られたら、本人(あるいは家族も含む)がかえって生きづらくなってしまうのではないか」という疑問の間で揺れる葛藤の表れといえるでしょう。また、手帳を取得しないということは、特性の難しさを抱えたまま、一般雇用で定型発達の人たちと同じ要求に応えていかなければならず、その苦労を生きていくことでもあります。もちろん、職場によっては、理解を示し、一般雇用であっても本人の特性に合った仕事に従事できるよう配慮されるケースもあります。では、どちらがより良い生き方なのでしょうか。答えは、正解は無い、のひと言につきるように思います。何が良いかは、特性の種類や障害の程度によって変わってくるでしょうし、なによりも本人や家族が「どのように生きていきたいか」によって大きく変わってきます。しかし、大切なのは「選択肢がある」ということです。障害があるから障害者としてしか生きられない、特性の影響で仕事が続かないけど頑張るしかない、というような「~するしかない」という中で生きていくのはとても辛いことです。障害はあるけど仕事で頑張って認められたい、特性の影響で仕事が続かないから福祉の力を借りたい、という生き方だってあるということを示すこと、そして本人や家族が自分たちの生き方を選択し、決定していくプロセスに寄り添うことが、心理や教育の専門家の大きな役割なのです。

 手帳の取得に関して大きな誤解が2つあります。1つは、手帳を取得したら必ず公表しなくてはいけない、というもの。つまり、就職の際などに障害者手帳を持っていることを履歴書に記載したり、人事担当者に報告したりしなければいけないのではないか、という誤解です。実は、障害者手帳には公表の義務はありません。つまり、取得はしたけれども使用しない、という所持の仕方もできるわけです。ただし、各種の行政サービスや福祉サービスを受けるときには必ず提示する必要があります。この際も、自治体によって違いはありますが、手帳の表には「障害者手帳」や「保健福祉手帳」としか書かれていませんので、障害の種別までは分からないようになっており、使いやすいよう配慮がなされています。もう1つは、一度取得した障害者手帳は一生持ち続けなければならない、というもの。つまり、一度障害者と認められると、一生障害者として生きていかなければならないのではないか、という誤解です。実は、障害者手帳は、任意のタイミングで交付された自治体へ返納することが可能です。また、障害の程度が変われば、等級の変更申請も行うことも出来ますので、一度取得したら変更がきかないというのは誤解だということが分かります。以上の事からも、障害者手帳は、取得するかどうかだけでなく、取得後もその使用方法においてさまざまな選択が可能であると言えます。
 では、就職の際の手帳を巡る選択にはどのようなものがあるのでしょうか。手帳の取得と雇用形態の選び方について、大きく3つの方法を下記にまとめました。

 1つめは、手帳を取得して、福祉サービスを受けながら、障害者雇用枠(就労移行支援・就労継続支援も含む。詳細は後述)での採用を目指す、という方法です。手帳の交付を受ける事で、税金の控除や公共交通機関の無料利用(地域によっては割引)など福祉サービスを利用することが可能となり、支出を抑制することが出来ます。前述の例でいえば、生活に必要な15万円そのものを抑制することが出来るため、生きていくのに必要なお金の負担を減らすことが出来ます。また、収入は一般雇用よりも少ないものの、業務において配慮を得ることが可能な障害者雇用枠での採用を目指すことで、長期に安定して働ける環境を得ることが出来ます。
 2つめは、手帳を取得するが、手帳の存在は公表せず、一般雇用枠での採用を目指す、という方法です。前述したように、取得した手帳に公表の義務はありませんので、持っているけれども採用の際は使わない、という方法もあります。この場合、手帳による福祉サービスを一切利用しない、という方法もありますが、税金の控除や公共交通機関の利用などの福祉サービスを受けながら、雇用だけは一般雇用枠を目指すということも可能です。一般雇用枠の場合、他の社員と同様の水準の仕事を求められますので、対応に苦慮する場合もありますが、周囲の理解や本人の適応具合によっては、安定した収入が得られますし、福祉サービスも受けられる場合には支出も抑えることが可能になるでしょう。ただし、精神障害者保健福祉手帳は2年に一回の更新が必要ですので、一般雇用枠での安定した就労についている場合には、更新の際に等級が下げられたり、更新が認められない場合もあることは留意する必要があります。
 3つめは、手帳を取得せず、一般雇用枠での採用を目指す、という方法です。手帳などの福祉サービスを一切利用せず、一般雇用枠で他の社員と同様の仕事をしながら生活することになります。障害者雇用枠ではなかなか望むことができない昇進等のチャンスがあり、安定した収入が見込める一方で、他の社員と同様の仕事が求められます。特性のある方は、指示を受けた仕事をこなすことには長けている人が多いため、昇進をすることで指示を出す側に回ったときに、初めて特性が障害化するケースもあります。
 手帳を取得するかしないか、一般雇用枠か障害者雇用枠かは、一概にどちらが良い、ということではありません。特性のある人がどのように生きていきたいかをもとに、それぞれのメリット・デメリットを考慮に入れながらも、選択できるということがとても重要です。
 山岡らの報告によると、全国LD1親の会会員を対象とした調査において、特性を持った方の一般雇用枠での5年以内離職率が65.6%であるのに比べ、障害者雇用枠での5年以内離職率は25%であることが明らかになりました。配慮を得ることが可能な障害者雇用枠での採用が比較的安定している状況が伺えます。また、同調査の中で、一般雇用枠での退職を経たあとに手帳を取得し、障害者雇用枠での採用に切り替えるケースが多いことも示唆されました。一般雇用枠での採用を目指したからといって、一生一般雇用を目指し続ける必要はないのです。職場での理解や配慮が得られにくく、一般雇用では継続がむつかしいと判断した場合には、手帳の取得や障害者雇用枠での採用を目指し、その中で自分なりの働き方や生きる楽しみを見出していく、その選択や判断は多様であっていいし、柔軟に行っていいものです。

※1 LD(DSM-5ではSpecific Learning Disorder 限局性学習症、教育領域では学習障害Learning Disabilitiesが用いられている)

 前項でも述べましたが、障害のあるなしに関わらず、一般就労(一般雇用枠、障害者雇用枠含む)を希望する人向けに能力開発や実習、職場探しなどの支援を行うのが就労移行支援事業です。事業所によってサービス内容に違いはありますが、基本的には24ヶ月を上限に通所による能力開発(基礎体力向上、事務処理訓練、継続力鍛錬等)や適性・課題の把握を基礎として、社会人としての基本(職業習慣の確立、マナー、身なりの習得等)の習得や職場見学、実習を通じて、求職活動やトライアル雇用に結びつけます。特性の度合いによっては、就職面接に事業者のスタッフが同行し、試験官と利用者の橋渡し役を担うこともあります。就労に結びついたあともジョブコーチ制度によるフォローアップを行います。ジョブコーチ制度は、事業者スタッフが実際の職場へ同行し、早く利用者が会社へ慣れることができるようにサポートする制度です。利用者へは、会社側のルールや仕事の手順等についてわかりやすく説明し、会社側(直接の上司や同僚など)には、利用者の特性の説明に始まり、注意の仕方や具体的な指示の出し方についてなど、周囲が利用者を理解しやすい環境づくりを支援します。利用者と会社側が慣れるまでは頻繁に同行することもありますが、徐々にフェードアウトしていきます。
 就労移行支援によって一般就労に結びつかなかった方向けに、就労の機会を提供しながら一般就労に必要な知識、能力を研鑽し、改めて一般就労を目指すのが、就労継続支援事業(雇用型、非雇用型)です。就労継続支援事業では、パソコン関連事業に特化したものやクリーニング、飲食業、小売店、さまざまな業種の下請け作業、派遣など事業者ごとにさまざまな就労形態をもっています。就労移行支援を実際に労働しながら行うイメージで、工賃という形で給料をもらうこともできます。ただし、あくまで支援事業ですから、もらえる工賃は高くても10万円に届かないくらいの金額になります。雇用契約に基づく継続的な労働が可能な場合は雇用型(A型)、雇用契約に基づく労働が困難な場合は非雇用型(B型)の事業者でサービスを受けることになります。しかし、A型の事業者が少ないのが現状で、雇用契約に基づく労働が可能な場合でも、B型の支援を受けなければならないこともあるようです。A型、B型いずれの場合も、利用者10名につき1名の指導員がつき、労働のサポートや定期的な相談による一般就労への移行を支援しますので、ハローワーク等との連携によって一般就労へつながることも可能です。


上西創 2016 発達障害のライフデザイン支援〔事例篇〕 第七章「社会人になるためのライフデザイン」より