発達障害について

 私たちは、一人ひとり個性と特性を持ち、独自の発達を遂げています。一人ひとりが、障害の有無に関係なく自らの「いのち」や「生活」、そして「生き方」を自己決定して作り上げていく力と権利を有しています。それを実現するために一人ひとりの個性を生かした豊かなライフデザインを作り上げていく支援が求められています。「ライフ」には、「いのち、生涯、生活、暮らし、人生、生きがい、活気」などの意味があります。すなわち、ライフデザインには、人生や生活・暮らしをデザインするという意味が含まれています。生きがいをもって自分らしく社会の中で暮らしていける唯一無二のいのちを活かすためのデザインのことを意味します。また、デザインとは、デザイナー(専門家)が一方的に作り上げるものではなく、利用者本人が主役になり、関係者と共に社会の中の様々な文脈の中で、相互のたゆまぬやり取りを通して作り上げていくものを指します。三谷(2015)は、ライフデザインを「空間的なインクルーシブデザインの理念に、さらに時間軸を加え統合したものである」と定義しています。
 障害の有無に関係なく、個々の人生を自分らしくデザインしていく力と権利を誰もが持っていること、そして、障害ゆえにその権利が保障されていないのであれば、合理的配慮のもとに保障していくことが求められるでしょう。発達特性をもつ子供達のニーズを見極め、自己選択に基づく唯一無二のライフデザイン支援は、多様な在り方を認めた共生社会の構築に向けて今後ますます重要になると考えています。


布柴靖枝 2016 発達障害のライフデザイン支援〔基本篇〕 はじめに「発達障害とライフデザイン」より

ライフデザインという考え方について

 「ライフコース」とは、年齢によって区分された生涯期間を通じての道筋であり、人生上の出来事についてのタイミング、移行期間、間隔、および順序にみられる社会パターンと言われています(Elder、1978)。つまり、個人が生まれてから死ぬまでの間にたどる人生の道筋といえます。一般的に人は生まれてから、就園、就学、就職、結婚、出産など、さまざまなライフイベントに出会います。たとえば、大学進学をするorしない、結婚をするorしない、出産をするorしないなど、その時々の「選択」によってライフコースが変わっていくといえます。そのため、ライフコースには人生の岐路に立たされたときにその道を選ぶか選ばないという二者択一(Which)という問いが内在されていると考えられます。
 しかしながら、就職して結婚して出産するという一般的(と思われる)ライフコースにとらわれない、個々人に合ったライフを創り上げることができるのではないでしょうか。ライフデザインという考え方には、人生を歩む上で、多様な選択肢からどのように(How)自己選択していくかという思いが込められています。非社会的、反社会的にならない範囲で、個人が社会の中で輝く個性を実現するための自己選択を保証し、そのプロセスに障壁がある場合は、合理的配慮をしていく必要があると考えます。(文責 酒井春佳)



 ライフデザインとは、三谷(2015)によれば「空間的なインクルーシブデザインの理念に、さらに時間軸を加え統合したものである」と定義されております。加えて本章では「ライフ(いのち、生涯、生活、暮らし、人生、生きがい、活気)をめぐるさまざまな課題を乗り越えるべく、多様性や自己選択の権利を保障した相互のたゆまぬやり取りを通して、『計画を記号に表わす』というデザインの根本思想に基づく支援方法を用い、社会におけるデザインバリアおよびヒューマンバリア(人的障壁)を取り除き、付加価値を見出していくプロセスである」と定義します。またライフを図3のように考えていきます。

 また三谷(2015)ではライフデザインをインクルーシブな概念として捉え、大多数の人たちが歩むライフコースやライフサイクルの上位概念として位置付けています。ここには、主流派の人生だけでなく、より多様な人生の選択肢を社会が提示し、ライフイベントやそれに伴う危機を乗り越えやすくするための合理的配慮を目指していく視点が含まれています。この定義を発達障害児・者支援に援用したモデルが、「発達障害ライフデザイン支援モデル」です。それでは図4にモデルを示し、解説を加えていくこととしましょう。

 まず「デザイン要因」について説明をしていきます。「デザイン要因」とは生活空間レベル(視覚デザイン、聴覚デザイン、学習デザイン、バリアフリー化など)と時間レベル(ミクロレベルでいえば行動の順序や時間割、マクロレベルでいえば人生設計など)の要因を想定しています。
 学校という時空間は、端的に言うと、発達障害児・者にとってわかりにくい、過ごしにくい、生活しにくいデザインになっている可能性があるということです。つまりデザインレベルの障壁、言い換えるならば「デザインバリア」があるかもしれないと考えてみることです。この「デザインバリア」を取り除いていくという合理的配慮が支援の重要な第一歩となるのです。
 たとえば、ある発達障害傾向のある児童は、朝登校してから一時間目が始まるまで、どのように過ごしたらよいかわからず、ランドセルを背負ったまま佇んでいたそうです。何度声掛けしても注意をしても聞き入れなかったので、特別支援教育に詳しい上司の先生に相談してみたところ、朝登校したら、ランドセルを開けて、教科書を机の中にしまい、ランドセルをロッカーにしまうという流れを図5のようなフローチャートにして描いて示してみたらと示唆されました。

 担任の先生はそのとおりに実行してみたところ、彼は翌日から授業の準備がスムーズにできるようになったそうです。この児童は一見すると問題児のようですが、教室という環境がたまたまこの児童にとってわかりにくい、過ごしにくい、生活しにくいデザインになっていたと考えることもできるでしょう。つまり、耳で聴いて理解するということが得意な児童にとっては分かりやすいけれど、聴覚による理解が苦手であるという発達特性のある児童にとっては、声掛けによる指示はとてもわかりにくい「聴覚に偏ったデザイン」だったということです。本事例は、「行動の順序の視覚化」というまさに「計画を記号に表わす」というデザインの語源がそのままライフデザイン支援になった事例と言えるでしょう。

 ところでこの「デザイン要因」には、図6に示すような発達障害に関する公式「発達障害=発達特性×デザインバリア」が含まれています。インクルーシブな教育を実践していくには、定型発達児・者1にとっては障壁とならない時空間レベルのデザインだけれど、発達特性のある者にとってはそのデザインは「デザインバリア」として感じられるため、合理的配慮によって「デザインバリア」を取り除いていくという支援が求められます。つまり合理的配慮とは、発達障害児・者がつまずいてしまう生活空間レベルや時間レベルのデザインバリアを0に近づけていくプロセスであると言い換えることもできるでしょう。
 この公式は、発達特性(「こだわりが強い」「他者の感情推測が苦手」「衝動性が高い」)などの生得的な発達の凸凹を定数aであるとし、発達特性があるがゆえにデザインレベルのバリアによって社会への参加が妨げられている状態を変数xとした場合、これらの交互作用を「発達障害」と見なすという公式です。またa’のように傾きが小さければ(特性が弱ければ)、「デザインバリア」が同等であったとしても発達障害の程度は小さくなり、逆に同じ特性でも「デザインバリア」が小さくなれば発達障害の程度は小さくなるということを意味します。これは、近年改訂されたDSM-5の自閉スペクトラム症の診断基準に依拠する考え方です。
 本モデルでは表1におけるDSM-5の診断基準ABCE をaの発達特性に対応する部分として、診断基準Dの一部を xのデザインバリアに対応する部分として考えます。

※1 障害がない子供や大人

 図6の公式にしたがって考えるならばx(デザインバリア)が0になれば、a(発達特性)の大小に関わらず、y(発達障害)は0となるので、それはもはや社会的には発達障害とは呼ばないということにもなります。このような議論を突き詰めて考えると、特性は生得的であるが、障害とは生得的なものではなく、社会的に構成された概念であるという理解もできるようになってきます。社会的に構成された概念であれば、逆に言えば社会的に再構成していくという支援法も成り立つ可能性が生まれてくると言えるでしょう。

 次に「人的要因」について説明をしていきます。この「人的要因」にはデザインレベルでのつまずきを乗り越えるための個性的な適応努力(古橋,2016)や、周囲の誤解やお節介などの誤った対処行動等が含まれます。そして、これらの人的要因とデザイン要因との間で悪循環を生じてしまった状態を本モデルでは「Human Barrier(ヒューマンバリア)」とみなします。ここでのポイントは、デザインレベルでの生きにくさや過ごしにくさを当事者や周囲の他者が対処しようと思い、かえって事をこじらせてしまっている状態があるという視点を持つことです。当人たちは問題をこじらせようと悪意を持ってやっているというよりも何とかしようという一心で対処しているだけのことなのに、どういうわけかうまく行かなくなってしまった状態と考えていくのです。
 たとえば、黒板の文字を書き写すという作業が苦手というデザインレベルの過ごしにくさを抱えながらも本人なりに努力し続けてきた生徒。結果、息切れをしてしまい不登校になってしまったけれど、そのことを当人がうまく周囲に説明できなかったために、周囲からは怠慢であると誤解されてしまっているという状態などがあります。あるいは、短期記憶が弱く忘れっぽいので忘れないようにいろんな物を本人なりの法則で配置しているのだけれど、周囲から散らかしていると誤解されてしまっている状態などもあります。

 また図4の「発達障害ライフデザイン支援モデル」では「ヒューマンバリア」が生じている状態が持続することによって、一生懸命やっているのに周囲から評価されない、あるいは理不尽な対応をし続けられるというストレスの蓄積等によって、適応障害や鬱症状などの二次障害がもたらされてしまうと考えます。そして、その二次障害は一次障害である発達障害自体にも再帰的に負の影響を与えてしまうと考えます。
 他方、本モデルでは当事者の個性的な適応努力や周囲の対処行動が、悪循環に陥らないように良い循環へと向かうように方向付けすることにより、社会における彼らの付加価値を発見していくことにもつながるものと考えていきます。たとえば、「相対評価」ではなく「絶対評価」により本人なりの努力を認め、誤解され続けていた部分に理解を示していくことによって、実は彼らは、社会への参加を彼らなりのやり方で試みたかったという動機を周囲が発見することができるかもしれません。社会参加を試みたかったという動機に焦点を当てつつも、それを社会へとつなげるための方法として適応的なデザインをしていくことにより、付加価値を見出していくという支援も考えられるでしょう。


三谷聖也 2016 発達障害のライフデザイン支援〔基本篇〕 第三章「発達障害ライフデザイン支援モデル」より